もししがないフリーライターがプロの事業戦略家に出会ったら第八章

誰にも言えない過去

 ある日、相変わらずツイッターで仲良くしてくれていたAさんに「黒田さんはすごい人なんだね!」という話した時、Aさんは「黒田さんは最初からすごい人だったわけではないんだよ。」という話をしてくれました。

 「昔、最愛の人を病気で亡くした過去があるんだ。彼は彼女に対しても自分に対してもとても厳しい人で、強く当たってしまうこともあったんだとか。そんな矢先に彼女の訃報を聞いてしまったがために、自分の言動を後悔し、何年もかけて自分を優しさや愛で溢れる人へと変えていった勇気ある人。亡くなったその人が大切にしていた教えである”人を愛する”ということを忠実に守り、今でも他の誰よりも人を愛することを大切にしている真の通った人なんだよ。」そう教えてくれました。

 それを聞いた時、優しさの裏には、その人の痛みや苦悩が背景にあったからこそのものなんだということを感じました。人を愛するということは簡単なことではありません。いつも優しくて笑顔の絶えないあなたの身近な人にも、誰にも言えない苦しみがあったかもしれないということを忘れてはいけません。でもそれをきっかけに、目の前の人と向き合った時に、自然とその人のことを愛せるようになるのかもしれませんね。

 そして、黒田さん自身にも実は心臓の病気があることもAさんから聞いて知りました。普段はなんともないのですが、突如として心臓を抉り取られるような強い痛みを伴う発作が襲うことがあり、その度に最愛だったあの人が呼んでいるのではないかと思って、その痛みに耐えきれず死にたくなってしまうのだとか。

 それだけでなく、会社経営をしていた当時、信頼していた会社の身内に会社のお金を全て横領され、倒産させられたという話も聞きました。心身ともに疲弊しきっていた黒田さんの姿を見るに耐えかねたAさんは「その頃たまたまTwitterでやりとりしていた私の人柄を買い、彼を救ってくれるんじゃないかと思って私たちを引き合わせた。」と話してくれました。

 そんな精神状態の中、私と会ってくださっていたことを知り、少しずつ黒田さんを見る目が変わっていったような気がします。それは何か、同情に似た類のものだったのかもしれませんが、何かお役に立てることはないかとおこがましながらに思っていました。

 その後、一日黒田さんと会う機会があり、カフェで私の人生設計についてまた色々ご教授いただきました。時間はあっという間に過ぎ、外がだんだんと暗くなってきたのもあって、二人で駅に向かい電車を待っていました。すると、急に黒田さんが膝から崩れるように唸りだしたのです。何事かと思ったのと同時に、以前Aさんが話してくれた心臓の病気のことを思い出しました。まさかとは思いましたが、絞り出したように黒田さんが小さく「苦しい…。」という言葉を発したのを耳にして、心臓発作が起こっているという状況を把握しました。

 とにかくベンチに座らせて、少しでも安静にしなければという気持ちと、今ここで黒田さんが死んでしまったら嫌だ、怖い、という気持ちが入り混じり、真冬にしては薄手だった黒田さんの凍えきった背中に自分のコートをかけて背中をさすり、強く、手を握ることしかできませんでした。

 しばらくして少し落ち着いたのか、黒田さんが小さく微笑みながら、また絞り出すように「もう大丈夫です、心配かけてごめんなさい…。」と私に謝ってきました。どう見ても大丈夫ではなかったですし心配するのは当然でした。そして、何で黒田さんが謝るんだろうという気持ちでいっぱいでした。

 しかもこんな状況下でも私を気にかけるなんて、もっと自分の心配をしてくださいよ…という気持ちを内心抱きつつ、黒田さんの苦し紛れのくしゃっとした微笑みを見て、私ばかり不安がった挙句、一番不安に思ってるはずの黒田さんにその不安を取り除いてもらってしまうなんて…。

 苦しんでいる黒田さんに何もできてない自分が悔しくて、その後すぐやってきた発作にまた苦しみだした黒田さんの手を、先ほどよりも強く、強く握りながら、目からこぼれてくる涙を悟られないように、少しでも黒田さんが安心するようにと、そばで声をかけ続けました。

 少しして、これ以上この寒空の下座らせておくわけにもいかないので、黒田さんには無理してもらうことになるけど、発作が治まってきたのを見計らい電車に乗せ、最寄駅ギリギリまで隣にいさせてほしいとわがまま言って途中まで見送ってお別れしました。

 次の朝、黒田さんから連絡が来ました。「まだ体調はすぐれないけど、はるかさんのおかげで生き永らえました。」と連絡をいただき、張り詰めていた緊張が一気にほぐれていくのを感じました。本当は家まで送り届けたかったけど、流石に迷惑かもといういらぬ心配のせいで途中で別れることになってしまって、無事に帰路に着いたのかずっと心配だったからです。家に着いたか連絡くださいというLINEをしたはいいものの、何時になっても既読が付かず心配で寝るに寝れなかったのもあって、本当に安心しました。あれほどまでに不安な夜を過ごしたことはないんじゃないかと思うほどでした。

 その後すぐ、黒田さんが私と会ってくれる時間を作ってくださり、カフェで今後のことを話し合うことになりました。その時、黒田さんが言ってくれた言葉がいまだに忘れられず、胸に残っています。

 「最愛だった人を亡くし、財産を奪われて会社も倒産させられ自暴自棄になっていた時、たまたまAさんが引き合わせてくれたはるかさんというの存在が僕を救ってくれました。この世から消えようとしていた僕を励まし、今日まで、いやこれから先も生き永らえたいと思えるようになったのは、まぎれもなくはるかさんがいてくれたからです。だからこれからは、僕がはるかさんの将来を、はるかさんのご実家のお母さんのことも含め家族同然のように愛し、守り、導いていく覚悟を決めました。恋人や結婚相手とはまた違うけど、将来を支え合う兄妹として、これからどんなことがあってもずっとそばにいたいです。」と。

 この時私は、人見知り克服のきっかけになったマッサージのお仕事や、人見知り改善教材の販売を通して、人の役に立つことが私の生き甲斐だということを実感したのを思い出しました。そう、私は人の役に立つことがで喜びを感じる人間なんだ。ならば今まで私のために時間を割いてくださった黒田さんの役に今度は私が立ちたいと、そう心に決めたのです。

 今まで黒田さんとお会いするときはカフェがほとんどだったので、黒田さんとサシでお酒を飲んだことはなかったですが、いい機会だということで、兄妹になった記念日を今日しようという黒田さんの粋な計らいで、兄妹記念日を設けてお酒を酌み交わした2019年12月17日。クリスマスのイルミネーションが街を明るく彩る、真冬の寒い日のことでした。

 この頃から親しみを込めて「周兄」「はる」とお互いを呼び合うようになりました。血は繋がっていないけれど、家族のように思い会う兄ができたことがとても嬉しかったですし、何の希望も見いだせず抜け殻のように生きていた私に生きる糧をくれた黒田さんに、私は一生かけて恩返ししたいと一人、心に誓ったのでした。

はるあk
人とのご縁って一期一会ですよね。私は周兄に対してすごい人だなという尊敬の念は持ち合わせていましたが、自分のビジネスに引き込もうという思いは一切ありませんでした。そんなこと考えることすらそもそもおこがましいんですけどね。

ただこの人の力になりたい、それが精神面であっても金銭面であっても構わない、見返りなんて求めないと。だから兄妹としてこれから支え合っていきたいと言ってくれた時、利害関係を超えた強い絆ができたんだと実感することができたんですよね。

もしこれを読んでいるあなたが、ビジネスであの人を巻き込みたいと思う人がいるのなら、決して利害関係を求めてはいけません相手が上手の人だったら、その下心はすぐに見透かされて、信頼関係を築くことすら難しくなってしまうからです。

自分だったらあの人に何をしたいか、何ができるか?ということをを第一に考えつつ、その人自身を見てあげることで、きっとビジネスパートナー以上のいい関係が作れるはずですよ。

 

第九章新たなスタートへ続く…