もししがないフリーライターがプロの事業戦略家に出会ったら第四章

スモールビジネス挑戦 

 その当時、ツイッターでnoteというものが流行り始めていました。自分のスキルや知識、体験談をそこに文章として落とし込み、自分で値段をつけて販売もできるというものです。簡単にいうと電子書籍を自分で作って販売してみたといった感じでしょうか。その中で特に流行っていたのがツイッター運用ノウハウ系でした。フォロワーの伸ばし方やインプレッションの上げ方、ツイッターガチったらセミナー登壇できた体験談などを書いて有料で販売している人たちがたくさんいたのです。

 インフラが整いきった日本では、物から情報に価値が転換されていくと本で読んだことがありましたが、まさにこのことだなと実感しました。こんなやり方で一冊1,980円のものを百何部も売り上げました!という実績をかざしている人を見ると、自分でもできるのではないかという錯覚に陥るんですよね。私もツイッターをガチって実績ができたら、noteを売れるようになるんじゃないかと思ったわけです。

 でも実際、私が目をつけたツイッターノウハウ系はすでに情報が飽和状態でもありました。たまたま無料のツイッターノウハウ記事を読む機会があったので、一つだけ読んでみたのですが、少なくともインフルエンサーと呼ばれるようになるには、1ヶ月以上はかかると書いてあったのです。

私が1ヶ月ガチっている間にも情報はどんどん更新されていき、結果が出た頃にはその功績ややり方はもう古いと言われてしまったら元も子もないなと思い、何か別の方法で自分の持っているものを文章にして、ネットで販売できないか考えてみたのです。かつ、いつの世にも必要とされる、風化しない情報を。

 そこで私は気づいてしまったんです。いや、分かってはいたんです。何もない…。待って、人様から堂々とお金をいただけるような知識や技術何もなくない?学生時代を振り返ってみても特に何か頑張って成績を残せたことなんてないですし、何かに打ち込んで資格や技術を手に入れた訳でもないですし、勉強嫌いだったので、頭に残っているものなんて中学時代までのわずかな勉強の記憶だけ。

マッサージのことなら普通の人よりかは詳しいかもしれませんが、文字だけでマッサージ技術を伝えるのには限界がありますし、どうしても文章だけでなんとか収益を出してみたかった私は、無い頭を必死に使って何か発信できるものはないか考えてみたのです。

 私は小学生の頃、近所の同い年の子にいじめを受けていました。それが影響してなのか人と接するのがなんとなく億劫になっていったのを覚えています。人と接するのが億劫になると、コミュニケーションの取り方を忘れるんですよね。どうやって話したらいいのか、これを言ったら嫌われて。またいじめられるんじゃないか。

 そんなコミュニケーションに対してのフラストレーションが溜まりに溜まって、極度の人見知りになってしまったのです。おかげで学生時代は友達がほとんどできず、ましてや異性となんてほとんどまともに話せなかったのもあって、大学卒業手前まで恋愛経験0、楽しいはずの青春時代を、寂しい学生生活という言葉でまとめざるを得なくなりました。ひどい時には家族にまで人見知り発揮してましたし、大学生になって始めたバイト先でも人間関係が全くうまくいかず、大学卒業する4年間で5回もバイトを変える羽目になりました。

 リラクゼーションの仕事を始めた当時はお客様に対して人見知りしてしまい、うまく会話が弾まず気まずい空気の中で施術していました。仕事なんだから人見知りしてる場合じゃないだろというお言葉、ごもっともです。

そう、リラクゼーションなんだから黙って施術してればいいわけじゃないんですよね。都度お客様に力加減を聞いたり、お部屋の温度や喉は乾いてないかなど、いろんなところの気配りをしながら、時には雑談も交えながら施術以外のところでもゆったりくつろげる空間を作らないといけないのです。

 案の定始めたての頃は、施術の順番ややり方を再現するのに必死でお客様と会話にまで頭が回らなかったですし、施術に慣れきたころも施術に集中してればお客様は満足してくれると思っていたので、もう一度あなたでお願いしたいというお客様なんているはずもなく。技術はもちろん、お話し上手で気配り上手なセラピストさんは出勤するたびに予約でいっぱい。私は忙しそうにしているそのセラピストさんたちを横目に、たまたまフリーでやってきたお客様を施術。

 そんな生活なもんだから、収入差は歴然。お客様が入らなかった日はお給料がほとんどないなんて日もざらにあったので、流石に生活も厳しくなっていきました。このままではいけないと、人見知りなんでとか言ってる場合じゃないと思い立ち、試行錯誤しながら1年かけて人見知りを改善することに成功したのです。

おかげで店舗内では指名最下位だった私が、指名2位にまで登りつめることができたのです。当時1位に君臨していたセラピストさんは、容姿端麗マッサージ歴も長く技術もピカイチ、人当たりがよくて気配り上手の本当に神様みたいな方だったので、流石に敵わないなと思っていつも眺めていましたね。

 話が逸れましたが、そんなこんなで自分が今まで生きてきた中で、唯一実績を残せたものと言ったら人見知りを直したことだな、というところに落ち着いたのです。これなら多くの人が悩んでいる問題の一つだろうし、いつの時代にも必要とされる風化しないものだという確信が持てたので、これをうまく生かして商材化して販売してみようということになったのです。

 noteを使っての販売も考えたのですが、手数料を取られるというのを聞いて、どうにか別の方法はないかと模索した結果、PDFを作ればいいんじゃないかという結論に至りました。当時は個人でも作れるビジネス用LINEアカウントであるLINE@が横行していたのもあって、商材が欲しい人をLINE@に登録してもらって、そこでPDFをお渡しすればいいと考えました。

 そうと決まれば早速PDF作りです。自分の実体験を交えつつ、コミュニケーション本を読んだりネットでリサーチをかけたりして、ちゃんとした科学的根拠に基づく情報を組み込みながらオリジナル商材を作り上げていきました。これまた拙いパソコン技術を駆使して、正味2週間もかかってしまいまいたが、何とか形にすることができました。あの時の達成感は今でも忘れられません。自分でも納得のいく商材ができたのではないかと、自負しています。ここでお見せできないのが非常に残念ですが…。

 でも実は商材を作る前から、同時並行でやっていたことがあるのです。それがまさにTwitter運用でした。商材を作る段階で一つ懸念があるとすれば、認知度0の私のアカウントから一体誰が商材を買ってくれるんだろうということでした。であるならば、商品を作りながらでいいから、まずは多くの人に私という存在を知ってもらいつつ、広く拡散してもらえるようなプラットフォームを作っておくべきなのではないか、という結論に至りました。

 そう思い、一日のほとんどをツイッターに費やす勢いで3ヶ月かけてそのプラットフォームを作り上げていったのです。無料で読んだnoteも少し役立てて、3ヶ月で4000人の方にフォローしてもらえるようになったんです。インフルエンサーになってnoteを販売は流石に考えてなかったにしても、広く認知してもらうにはまずインフルエンサーにならないといけないんだ、ということにここで気づけたわけです。

はるか
よく商品を作る前から集客に入るなんて難しいよという人がいますが、全然そんなことはありません。まずは認知してもらうことから始めないと、仮に商品があったとしても、認知してもらえないとそもそも宣伝のしようがないですし、買ってもらえる環境がないと意味ないですよね。

そして、本来売りたい商品ではないところで、まずお客様を引きつけておいてからバックの商品を販売する手法は、ビジセスをする上では割と当たり前だったりします。商品を作ってから集客を始めるのでは、販売するまでにタイムロスが発生してしまいます。そこで一番効率よく商品がリリースできるように、集客をしながら商品を作っていくということを意識してやってみてください。もし私と同じくTwitterで商品やサービスを販売するのであれば、お客さんを引きつける材料として日々のツイートを有効に使うことをおすすめします。Twitter運用の仕方については、ここではあえて触れませんが、無料広告媒体になってくれるTwitterをはじめとしたSNSは今後もどんどん活用していきたたいところですね。

第五章オフラインでの交流へ続く…