もししがないフリーライターがプロの事業戦略家に出会ったら第一章

プロローグ



 私は迷っていました。人生とは何なのか。いきなり壮大な悩みで申し訳ないですが、そんな漠然とした悩みにここ数年ずっと悩まされていました。何のために生きて行くべきなのか、どうして私は生きているのか、そんな出口の見えない迷路みたいな思考がいつも頭の片隅に常にこびりついていたのです。

 しかし、そのこびりついたある種呪縛みたいな塊は、あの日斬新にもこそげ落とされたのです。とある人物との出会いによって

 日本の夏特有のあのジメッとした蒸し暑さを感じる2019年8月。でもこの年の夏はいつもと少し違っていて、例年に比べて冷夏だった記憶があります。梅雨が極端に長かったせいもあり、秋があっという間にやってきてしまったので、この年の夏の印象がほとんどありませんでした。

 夏らしいことをしていないのにもう夏が終わってしまうじゃないか、と少し物足りない気持ちを抱いていたこの時期から、私はとあるきっかけでTwitterを始めていました。

 Twitter自体は高校生の頃、友達がやっていたのをみて興味本位で始めていたのですが、群馬の片田舎の平々凡々な女子高生がつぶやくことなんてたかが知れています。特に部活動をやっていたわけではなかったので、毎朝片道50分の下り道を下りながら学校に行き、こんな公式いつ使うんだよと大嫌いな数学に文句を垂れながらほおずえをつき、つまらない時間が過ぎるのを待つ。学校が終わったらまた行きは快適だった下り道を坂が急すぎて耐えられないので、立ち漕ぎで1時間かけて必死でご帰宅。家に帰れば夜までゴロゴロ。

 そんな特に生産性のないルーティーンを過ごしていると、不思議なもので何に対しても興味を抱かなくなるというか、感受性が鈍ってくるんですよね。大切なはずの将来のことを考えるのが嫌になり、目の前の楽しさだけを求めて頭を使うことを放棄し出していました。自分のことなのに、何だかどうでもよくなるような気持ちで、日々こんな惰性で出来上がった生活を高校時代は過ごしていました。そんなんだから、Twitterに投稿する内容も高校生ならではのしょうもないつぶやきばかりではありましたが、惰性の日々の中でも何となく感じる何気ない感情の掃き溜めとして、大学を卒業して社会人になるまで、細々とアカウントを持ち続けていました。

 大学を卒業し社会人になってからというもの、学生時代に抱いていた感受性が鈍っていく感覚はどんどん深刻化していました。何に対しても全力になれない、どこか人生諦めているんじゃないかと思うくらいに無気力な自分に気づいたのです。まだ学生時代の方が、テストで赤点取らないように必死になって勉強していたし、バイトしていた時期も週11勤という今だったら労働基準法に引っかかってるんじゃないかと思うくらいには頑張っていたな、どうにか人生豊かにしよう思えていたな、と感じていたのでまだましだったのかもしれません。

 高校を卒業したらファッションの専門学校に行きたいと、私は密かに思っていました。ファッションスタイリストになりたいという、ただ洋服が好きという理由で抱いた夢のある職業。群馬の田舎娘が東京への憧れもあって抱いたキラキラ職業。そのために土日フル、かつ学校終わりの夕方と深夜バイトを掛け持ちして必死で稼いだ70万円を握りしめ、一人夢と希望が詰まった東京に念願の一人暮らし!とまではいかず、予算の関係で都内の一軒家で16人が暮らすシェアハウスを見つけて住むことになりました。

 スタイリストって専門卒以外でもなれるのかなという疑問を解決すべく、同級生が就活に勤しむ中、一人ネットでどうにかなれる術はないか探していました。すると、1ヶ月間のスクール以下よって基礎知識を付けさせてくれながらそのまま研修生として入社させてくれる制度がある会社を見つけました。

 即決でした。新年度の4月から5月までの一ヶ月間、その会社が運営するスクールに通いました。ファッションの知識は正直皆無に等しかったですが、好きなことの勉強ができるというのはやはり楽しいものです。

 1ヶ月のスクール期間はあっという間に終わってしまい、いよいよ大元の会社へ研修生として入社できるところまで行きました。しかし、現実はやはり厳しかったのです。70万円握りしめてきたのはいいものの、スクール期間中に間に買った洋服の材料や道具などの費用、教材費、家賃や交通費や生活費諸々差し引いたら残り数ヶ月しか生活できない額しか残らないことに気づいてしまったのです。

 そんな中で、研修中は交通費もお給料も一切ありませんと言われ、アルバイトなどの副業はもちろん禁止ですから、収入源が完全に絶たれてしまうという窮地に陥ってしまったのです。派遣先の人事の方もそのことを懸念にしてくださっていて、例年研修中に生活費が底をつき泣く泣く辞めていく人が後を絶たないということを教えてくださり「派遣自体はいつでも募集してるから、一旦アルバイトか何かをやって3ヶ月分くらいの生活費が溜まったらまた来るんでも全然遅くないよ。」という提案をしてくださいました。

 やるせない気持ちでいっぱいでした。せっかく1ヶ月勉強してスムーズに研修生としてお仕事ができると思っていたのに。同じ時期に入校した同期達はみんな研修生として5月から働くという話を聞いて、自分だけがみんなと同じスタートを切れないのかと、悔しさと寂しさで打ちのめされそうになりました。

 でもまずは生活費を確保して、不安がない状態で仕事に就きたいし、先に行った同期達にもきっと追いつけると信じて、一旦フリーターになることを決めました。「お金が溜まってまた働けるようになったらすぐ連絡くださいね。いつでも歓迎しますよ。」という人事の方のお言葉一喜一憂しながら、私はその場を後にしました。その後、私がその会社を訪れることはありませんでした。

 お金を貯めなくては、そう思った私は高時給とまではいかなかったものの、誰でもできて人間関係が煩わしくなさそうな新規オープンの居酒屋でアルバイトを始めました。都内の駅近でオープンキッチンのおしゃれバルだったためオープンして半年ほどは連日超満員。ひっきりなしにお客様がが来店されて、毎日終電ギリギリまで慌ただしく働き、帰ったらヘトヘトで昼過ぎまで爆睡。夕方からまた出勤の日々が続きました。

 アルバイトをしている間でも、少しでも同期に遅れを取らないようファッションの勉強は怠らないようにしようと思っていたのですが、ここで私の怠け癖が本領発揮してしまいました。私は疲れたという言葉が好きではなくて、疲れたと思うことも疲れたという単語を口に出すことも嫌でした。疲れたと少しでも思ってしまったら、言ったしまったらそこが限界で、全て終わってしまうような気がしているからです。でもこの時ばかりは、遅れを取っている焦燥感と毎日の慌ただしい激務の疲労で疲れ切っていました。

 居酒屋のスタッフはみんな優しくて、忙しいけどなんやかんや楽しかったのでなんとかやっていけそうな気はしていました、しかし、思ったほど生活費はたまらず、いつになったらスタイリストとして働けるのだろう、こんな生活いつまで続くのかな…と、つい弱気になってしまっていました

 そんな時、シェアハウスの同じ部屋に住んでいた4つ上の女性が「高時給でいい仕事紹介するよ。」と言って、彼女が働いているリラクゼーションサロンを教えてくれました。マッサージなんて受けたこともやったことないですし、こんなど素人が急に働けるもんなんですか?と、それはそれはテンプレートのようなどストレートな質問をぶつけたのを覚えています。

 でも実は彼女も、マッサージ未経験でその仕事を始めて3ヶ月くらいしか経っていないとのことでした。「研修もしっかりしてて、スタッフもみんな優しいから大丈夫だよ。手技もすぐ覚えられるし慣れたら楽だからやってみる?」そう言ってくれたのがきっかけで、お金ないしやってみるしかあるまい、と半ばやけくそでその仕事をさせていただきに行きました。

 人間というのはよくできているもので、環境適応能力の偉大さをこれほどまでに実感した日はなかったです。全くの未経験で特に興味があったわけではなったリラクゼーションというお仕事を始めて、気づけば2年の月日が流れていました。スタイリストの夢はどこいった!?というツッコミが聞こえてきそうですが言わせてください。楽しくなってしまったんです、マッサージというお仕事が。

 お客様の体の疲れをダイレクトに取ることができて、目の前でありがとうと言ってもらえて、直に誰かの役に立っている実感を持つことができるこのお仕事に、私は完全に病みつきになってしまったのです。スタイリストの仕事に興味を持たなくなってしまうほどに。

 私は心の中でつくづく思っていたのです。学生時代から抱いていた、あの感受性が鈍っていく感覚と、人生とは何なのかという漠然とした悩み。その悩みを解決してくれるものがあるとすれば、それは誰かの役に立つこと。ふと、そんな気持ちが自分の中で沸き起こっている気がしてならなかったのです。枯れかけていた感情にあたたかい何かがじんわりと染みてくるような不思議な気持ちになっていくのを日々感じていました。

はるか
よく、やりたいことがないから働きたい職業も分からないという人を見かけます。でもよく考えてみてほしいんです。やったことがないことに対して、やりたいかやりたくないかなんて本当はわからないんじゃないかと。

私のように全く興味関心がなかった分野のお仕事も、やってみたら楽しくなっていたなんてこともざらにあるんです。

逆に好きで始めた仕事だったのに想像とのギャップが激しくて、好きだったものが嫌いになってしまうことだってあり得ます。

もし今やりたいことがなくて悩んでいる人がいたら、私は声を大にして言いたい。まず何でもいいからやってみようと。

これは私の自論なのですが、やりたいことがない人こそ無限の可能性を秘めていて

やりたことがない=何かに固執せず何でもやれる状態

にあるという意識転換をするだけで、自分の可能性はいかようにも広げられることを是非、知っておいてほしいですね。

第二章突きつけられた現実へ続く…